久しぶりに奈良の秋の風物詩「正倉院展」に行ってきました。
756年聖武天皇が亡くなり、その遺愛品が東大寺の倉(正倉院)に献納されておよそ1300年。
守り伝え保存されて来た天平時代の宝物が、今なお拝観できることにまたまた深く感動いたしました。
今回は、聖武天皇遺愛の品々を中心に、約9千件の宝物の中から59件(うち初出品は8件)が公開されました。
鳳凰や唐草などの文様で装飾した「漆背金銀平脱八角鏡(しっぱいきんぎんへいだつのはっかくきょう)」や、貴人たちが身に着けたアクセサリー、大仏開眼会での楽舞で使われた「伎楽面」、東大寺の法会で使われた仏具など多彩な宝物です。
当時の情景や暮らしに思いをはせることができ、あまりの美しさや超絶技巧に感動した品々のうち、5つのパートに分けてご紹介したいと思います。
1:聖武天皇が身近においていたと伝わる宝物
★「漆背金銀平脱八角鏡」(しっぱいきんぎんへいだつのはっかくきょう)
直径28.5cm 重さ2928.6g
漆黒の地に金銀飾りの鏡、鳳凰や唐草、蝶などの繊細な文様が施された美しい宝物
天平人でなくても現代の私達もわかる夢のような美しさ!
花をくちばしにくわえて中心部を飛び回る金色のおしどり
鶴は飾りのようなものをくわえて飛んでいます。
鳳凰も外側を飛んでいます。
おめでたいことが起きる予兆を知らせる鳥たち
漆の上に鳥や草花文様を置きさらに漆をかける。文様の部分だけを切り取り、浮き立たせる「平脱」という技法を使っています。
★「象木﨟纈屛風」(ぞうきろうけちのびょうぶ)縦154.5cm 横52.5cm、
鸚鵡﨟纈屛風(おうむろうけちのびょうぶ)縦154.6cm 横52.5cm
風よけや間仕切りに使用
オウムや象だけではなく、多くの動物があらわされています。例えば象のほうの屏風には「猿」が木の幹に、下のほうには「イノシシ」が走っているのがわかりますか~?
オウムのほうの屏風には上のほうには座って楽器を吹く女性と「鳳凰」、下のほうには「子鹿」がいます。
光明皇后が東大寺盧舎那仏に献納した聖武天皇のご遺愛品の一つ。
文様部分を蠟(ろう)で防染(ぼうせん)を施した後に染料で重ね染めし、熱で蠟(ろう)を除去して文様を染め抜く「ろうけつ染め」の技法が用いられています。
2:天平時代のおしゃれー貴人たちが身に着けたファッションアイテム
★「斑犀把緑牙撥鞘金銀荘刀子」(はんさいのつか りょくげのばちるのさや きんぎんかざりのとうす)長さ18cm
紙や布を切ったり、木簡の文字を消したりするのに使った文房具を腰にぶら下げた。
さやは青く染めた象牙、そこに鳥や植物など繊細な文様が刻み込まれている。
赤いつかは貴重なサイの角
貴族たちは外出の時、この小刀(とうす)を身に着けて豪華さを競ったそう~。
★「犀角の魚形」(さいかくのうおがた)大きさ4cmほど
腰飾り わっかに紐を通して腰にぶら下げる
幸運をあらわす魚の形。金で鱗を描いた贅沢な品
★「彩絵の水鳥形」(さいえのみずどりがた)大きさ2cmほど
色鮮やかな鳥の頭や翼の部分には本物の羽毛を張り付け、その上に金をあしらっている。
3:752年、大仏に命を吹き込む「大仏開眼会」にまつわる品々
★「金銅の幡」(こんどうのばん)長さ170cm
仏殿の柱にかけられた金属の旗
異なる文様を透かし彫りにした4枚の銅の板に、金メッキを施しつなぎ合わせている。
風に揺れると結び付けた鈴の音が仏殿に響き渡った。
想像するだけでも厳かだったに相違ないですね。
★伎楽面「力士」、「呉公」、「呉女」の3つの面が出陳されました。
無言で演じる仮面劇
登場するのは中国の高貴な女性(呉女)、ペルシャの王様、インド神話の動物たち。
国際色豊か、役ごとに特徴的なお面をかぶって演じます。
「呉女」中国の高貴な女性
「呉公」当時の中国の呉の国の貴公子。顔全体は青色に染色されていた。笛をたしなむ若き美しい男性
「力士」悪者を懲らしめる役どころ。真っ赤になって怒る顔
伎楽
異国の芸能が仏教とともに日本に根付きました。
天平時代に人気を博し、全国各地の寺院で上演されました。
4:仏具
★「犀角銀絵如意」(さいかくぎんえ の にょい)
長さ54cm
ルーツはインド、僧侶が手に持つ法具。
先端の部分はサイの角
唐の都では皇帝や貴族たちが、贅をこらした如意を作らせた。
僧として威儀を正す法具として今も使われている。
★「鉄三鈷」(てつのさんこ)とその専用ケース「素木三鈷の箱」(しらきさんこのはこ)
古密教の法具
空海が伝える本格的な密教以前の奈良時代の密教儀式に使われたと考えられている。
煩悩や外からの邪気を振り払う道具
★「銀壺」(ぎんこ)直径60cm
767年2月2日、称徳天皇(聖武天皇と光明皇后の娘)が東大寺に行幸した時、大仏に奉げられた供物。
銀で作られている大きなツボ。表面には騎馬人物、鳥獣など様々な線刻文様が刻まれている。
文様と文様の隙間に、「魚々子」(ななこ)と呼ばれる細かいツブツブがうめつくされている。
5:正倉院文書
★初出陳「大智度論」(だいちどろん)巻第七十一 甲
中国唐代の写経
悟りを得るために必要な般若波羅蜜(はんにゃはらみつ)知恵の完成を説く『摩訶般若波羅蜜経』の注釈書。
奈良時代当時、紙は貴重品だったので、裏面も使った。公的機関で廃棄になった紙をメモ用紙と使用した。それが一級史料としての正倉院文書になった。
★初出陳「無所有菩薩経」(むしょうぼさつきょう)巻第三
光明皇后発願の写経
光明皇后が亡き父母のために書写させた『一切経』のうちの一巻。
天平十二年(740)五月一日付けの願文なので別名『五月一日』経とも呼ばれている。