吉村芳生展―超絶技巧を超えて 名古屋松坂屋美術館2022年11月20日まで

まずはこの作品ご覧あれ~!

これ、鉛筆で描いた手描きです!

★《新聞と自画像2008年9月17日 日本経済新聞》2008、鉛筆、水性ペン、紙

146.0×109.1cm

生涯で2000点を超える自画像を描きました。

このシリーズではすべて画家自身の顔。

記事に反映した様々な表情をしています。悲しい記事には悲しい表情、楽しい記事には喜んだ顔を描いています。

よく見ると新聞記事も1文字1文字描かれています。

この超越技巧を支える秘密は、紙に転写されたごく薄いインクを頼りに、鉛筆で文字や写真をそのまま写していきます。

自画像をはじめ吉村の代名詞にもなっている新聞と自画像は、あまりのすごさに、確かにタイトル通り超絶技巧を超えていると思いました。

 

★《ジーンズ》1983年鉛筆、紙、150.0×110.0

ジーンズの織り目まで丁寧に描かれたドローイング作品。

気が遠くなりそうな超越技法の手順を見て来ました。

  • 撮影した写真を大きく引き伸ばす
  • その写真の上に鉛筆で2.5ミリ四方のマス目をひく
  • 拡大した方眼紙(マス目)に10段階(0~9)に数値化した濃度を書き入れる
  • 0からだんだん9に向かって濃くなっていく
  • 例えば数字の1は線1本、9は線9本でほぼそのマス目は真っ黒になる

超絶!これが《ジーンズ》の制作過程~~~!

 

1950年に山口県で生まれた吉村芳生(よしむらよしお)は山口芸術短期大学卒業後、広告代理店にデザイナーとして働いた後、創形美術学校などで版画を学び、版画とドローイングの作家としてデビューしました。

★《SCENE No40》1983年 インク フィルム

版画作品や鉛筆でのドローイングが中心の初期作品。

制作の特徴は題材を撮った写真にマス目をひき、それをさらに拡大して、一マスごとに模写していくという機械的な制作方法。

 

1985年には山口県の徳地に移住し、休耕地に咲くコスモスやけしの花を描くようになりました。豊かな自然に囲まれた環境の中で制作活動を続け、鮮やかな色鉛筆で描いた花が登場するようになり、小さな画面から徐々に大きな画面に咲き乱れる花畑を描くようになりました。

 

百花繚乱

★《モッコウバラ》2000年 色鉛筆、紙 117.0×80.5

★《コスモス》2000年~07年 色鉛筆、墨、紙 112.0×145.5

★《ケシ》2005年 色鉛筆、紙 162,2×112,1

吉村の言葉から

「花々と色鉛筆って何か引き合うものがあります。その間に自分がいる、そんな絵が描ければと思います。」

 

2007年「六本木クロッシング:未来への脈動」展(森美術館)への出品作が注目を集め、57歳の吉村は遅咲きの画家として現代アートの世界で広く知られるようになりました。

 

★《未知なる世界からの視点》(部分)2010年 色鉛筆、紙 202,0×1022

このころから大作へと~単なる写実を超えた画面構成に。写真を上下さかさまにしたそうです。

120色の色鉛筆で描かれた花々の鮮やかな色彩と濃密な描写によって新境地を迎えます。

 

★《無数に輝く声明に捧ぐ》(部分)2011年~13年 色鉛筆、紙 202.0×714.0

吉村は「花の一つ一つが東日本大震災で亡くなった人の魂だと思って描いた」と語っています。

 

最後に撮影フリ―の作品がありました。

★《コスモス》絶筆 2013年 色鉛筆、紙 63歳

制作中、右画面4分の一ほどを残して病に倒れました。

残りの画面には下書きなどもなく、小さなマス目を一つずつ描き写した、その精緻な制作技法を見ることが出来るそうです。残念ながらこのお写真ではカットされて見ることはかなわなかったのですが‥。

 

人間技とは思えないすさまじい執念を垣間見た思いです。どんな言葉もいらない!

ただただすごい~~~!